「天才」なんていない!超一流になるのは才能か努力か?【芸術・スポーツetc】

この記事のテーマとなる一冊「『天才』なんていない!超一流になるのは才能か努力か?」

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アンダース・エリクソン教授といえば、「一万時間の法則」で有名ですね。実際にはエリクソン教授がある研究の成果を発表したものをイギリスのジャーナリスト、マルコム・グラッドウェル氏が著書「天才!成功する人々の法則」の中で言い換えて言い出したものなのですが(笑)本書の中でもエリクソン教授は次のように切り捨てています。

残念ながらこの法則は、いくつかの点で間違っている。第一に、一万時間という数字には何の特別な意味も魔力もない。

元となった「ある研究」というのは、エリクソン教授がベルリン芸術大学のバイオリン科の学生を対象に行ったもので、その結果は「高いレベルのバイオリニストほど長時間バイオリンを練習していた」というもの。これをグラッドウェル氏が都合のいい部分だけ切り取って「一万時間の法則」を創り上げたというのが発端らしいです。(バイオリン科トップクラスの学生が20歳になるまでに練習に費やした時間が約一万時間だった、なお18歳の時点での平均は7500時間だった模様)

絶対音感は才能ではなかった。

絶対音感は才能なのか?

天才といえば「絶対音感!」と真っ先に浮かびがちですが、これは既に然るべきトレーニングを幼少期に積めば習得できるという考えが主流です。例えば2014年に東京の一音会ミュージックスクールが発表した論文(#1)があります。研究概要は以下の通りです。

  • 参加者は24名の子ども
  • 2~6歳
  • 一回あたり数分の音楽トレーニングを一日4、5回
  • 和音を聞き分けるためのトレーニングだった
  • トレーニング期間はまちまち(一年以内の子もいればそれ以上かかった子もいた)
  • それぞれの子にトレーニング修了後、音感のテストを実施

すると結果は面白いことになりました。

結果
  • 実験に参加した24人全員が絶対音感を身につけていた
  • ピアノの個別の音符を正確に聞き分けることが可能だった

絶対音感かどうかの判定は結構難しいんですが、少なくともトレーニングで音感を身に付けることはできる!と言えそうですね。

チェスのグランドマスターのIQは特に高くなかった。

権力のイメージ

stevepb / Pixabay

もう一つ「才能なんだろうなぁ..」とつい思ってしまう頭が良さそうな人たち、チェスプレイヤーを例に挙げます。何手先までも駒の動きを読んで考えるその様を見てると、大そうIQなんかの知能指数も高いんだろうな、と思わせられます。ですが2007年にイギリスの研究者らが発表した研究(#2)によると、チェスの技術とIQスコアに相関は見られなかったようです。研究の簡潔な内容は以下の通りです。

  • 小学校~中学校の生徒57人が対象
  • みんなチェスクラブに所属している
  • レベルは強くない子もいれば大人を負かす子もいた
  • 彼らのIQを調べるテストを行う

結果は次の通りです。

結果
  • チェスプレイヤーの生徒たちのIQは平均以上であった
  • IQとチェスの実力に相関はなかった

IQは平均以上だったものの、チェスが上手ければIQが高いというわけではなかったようですね。別のチェス×IQを調べた研究(#3)ではグランドマスター級のチェスが強い成人たちは同程度の教育を受けた成人と大差ないIQだったようですし、チェスが強い人たちが特別IQが高いというわけではなさそうです。

鬼才”サヴァン症候群”の特殊能力は練習の賜物?

geralt / Pixabay

「絶対音感もだめ、チェスプレイヤーもだめ、ならサヴァン症候群の人はどうなの?」ということで1960年代に心理学者のバーネット・アディス教授が発表した論文が紹介されています。研究内容は次の通りです。

  • 大学院生1人とカレンダー計算で飛びぬけた能力を誇る双子が対象
  • カレンダー計算のレッスンを大学院生に実施
  • 双子のIQは60~70程度
  • 西暦132470年までのあらゆる日付の曜日を平均6秒ほどで計算できた

アディス教授は、この双子の計算方法を大学院生に教え込んで習得させようとしたようです。結果は以下のような驚くべきものになりました。

わずか十六回のレッスンで、大学院生は二組の双子と同じくらい速く曜日を計算できるようになった。何より興味深いのは、大学院生が曜日を計算するまでの所要時間は、どれだけの計算が必要かに応じて変化したことだ。大学院生の所要時間のパターンは、双子のうちの速いほうと一致していたことから、アディスは両者が同じような認知プロセスを通じて答えを導き出していると考えた。

普通の大学院生でもしっかり練習すればカレンダー計算能力を習得できてしまったということですね。こうした過去の研究を引用して、エリクソン教授も次のようにまとめています。

結果
  • サヴァン症候群の人のカレンダー計算能力は魔法でも何でもない
  • 長年にわたって日付の計算を繰り返して考え抜いた賜物
鬼才「サヴァン症候群」は天才ではなかった?!

「のみ込みが早いひと」は本当に天才なのか?

ここまでは芸術やゲーム、スポーツなどの各分野で世界レベルの実力を持つ人たちの例ばかり取り上げてきましたが、もっと身近な具体例を見ていきましょう。皆さんも周りにいるはずです、あんまり練習してないのにすぐ上達する人が。これに関してはエリクソン教授は次のように主張しています。

最初からよくできる人たちは、ずっと楽々と上達していくのだろう、幸運にも生まれ持った才能によって難なくその道を極めていくのだろう、とわれわれは考える。たしかに、旅路の出発点を観察して、残りの旅路も同じようなものになると判断するのは、筋が通っているように思える。
だがそれは誤りだ。ビギナーからエキスパートに至るまでの旅路全体を俯瞰すれば、学習や上達はどのように起こるのか、傑出した能力を身につけるには何が必要かという問題について、全く異なる認識が得られるはずだ。

つまり上達のスピードは個人差があるから、習いはじめの段階ではどうしても飲み込みが速い人と遅い人がいるように見えますが、実際はその状態がその先ずっと続くとは限らないということですね。納得です。

確かに、いつか見たプロ野球のドキュメンタリー番組では、日本代表の四番も務めた筒香選手の小学校時代の監督さんが登場して「筒香(選手)は当時は動きも鈍くてどんくさかった印象が強いですね」みたいに振り返っていました。

一言一句は覚えていませんが、少なくとも「才覚に溢れた選手だった…」みたいな称賛の言葉ではありませんでした。あの筒香選手ですら、小学校の時は目立った選手ではなかった、ということです。プロで活躍するアスリートにもこういったタイプの人がたくさんいます。

まとめ

以上、天才にまつわる本のレビューでした。色々と取り上げた結果、結論は以下のようになりそうです。

ポイント
・「1万時間の法則」は幻
・能力を伸ばすのに大事なのは才能よりもどのように練習するか
・呑み込みが速い人は必ずしも天才とは限らない

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参考文献&引用

#アンダース・エリクソン、ロバート・プール著、土方奈美訳『超一流になるのは才能か努力か?』文藝春秋、2016年。

#1 Ayako Sakakibara”A longitudinal study of the process of acquiring absolute pitch: A practical report of training with the ‘chord identification method’“Psychology of Music ,Vol.42,No.1,pp86-111,2014.

#2 Bilalic, Merim,McLeod Peter,Gobet Fernand,”Does chess need intelligence? — A study with young chess players“,Intelligence,Vol.35,No.5 ,pp457-470,2007.

#3 Josef M. Unterrainer, Christoph P.Kaller, Ulrike Halsband, B. Rahm,”Planning abilities and chess: a comparison of chess and non-chess players on the Tower of London task“,BRITISH JOURNAL OF PSYCHOLOGY,Vol.97,pp299-311,2006.