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無能は無能に気づかない?4つのテストから分かった面白い思い込み
表題のテーマは、「ダニング・クルーガー効果」という心理学用語のこと。これはコーネル大学のジャスティン・クルーガー教授、デヴィッド・ダニング教授の共同研究(#1)で確認された現象で、そのまま研究者たちの名前が用語になっているんですね。本題に入る前に、この研究で挙げられている3つのポイントを紹介しておきます。
- 成功や満足感は状況に応じた戦略やそのルールをよく知っているかどうかに左右される。
- 人によって、その状況に当てはめる戦略やルールは変わってくる。
- その状況を突破する際に有効な策をよく知らない、或いはそもそもその状況において無能である時、人は間違った結論に辿り着きがちになる。そしてその間違いにも気づけない。
論文の冒頭には、例として1995年にアメリカのピッツバーグの銀行に強盗に押し入った男の話があります。この男は2つの銀行に押し入り、その翌日には逮捕されるのですが、どうしてすぐ捕まってしまったのでしょう?それは何と、レモンジュースを顔に纏って強行突破したからです。何とも間抜けな話ですが、当人はレモンジュースをかぶれば身元を特定されないと思い込んでいたようです。
このストーリーが暗示していること。それは、この犯人が強盗を犯すにあたっての知識がなかった(無能だった)ということですね。この例を踏まえたうえで、研究の核心に触れていきましょう。大きく分けて4つのジャンルで実験が行われました。
Study 1:お笑い、ユーモアセンス
この段階では、コーネル大学の65人の生徒と8人の芸人に被験者となってもらい、30項目のジョークで構成されたアンケートに答えてもらいます。そしてそれを1~11で点数をつけていきます。例えば、「人間と同じくらいデカくて、でも重さがないものは? A:影」といったものがありましたね。これは平均1.3点とかなり辛辣にコケにされていました。
- 大学の生徒65人と8人の芸人を招集
- 30項目のジョークが書いてあるアンケートをやってもらう
- 具体的には1~11点でジョークを採点する
- 結果を生徒のものと芸人のもので比較する
- 生徒たちには自己評価でどのくらいの出来か予測してもらう
まずはお笑いのセンスを尺度にした実験です。芸人さんたちのアンケートを模範解答としてまとめて生徒のものと比較したのですね。正直お笑いの感性は人それぞれなので何とも言えませんが、結果を見てみましょう。
- 底辺16人は12%以下の出来にも関わらず、自分たちを平均して58%くらいだと評価した
- 上位層15人は自己評価で自分たちを過小評価した。
これは例えば100点の人が「自分は120点です!」と過大評価できないのと同様に、点数が高く天井に近い生徒程、過大評価できる余地が少ないという事情も込みの結果だとされています。そして先に言っておきますと、この先も同じ結果が続きます。
study 2:論理的理由付け問題
この段階はStudy 1と比べて明確に違う点があります。それは答えがあることです。芸人のアンケート回答から導き出したユーモアの基準ではやはり少し主観が混じるというか、曖昧でしたよね。だからここでは答えがはっきりとあるものを題材にしています。
- 45人の生徒が対象
- LSAT(Law School Admission Test)という論理的理由付け問題を20問解いてもらう
- 同じように自己評価をしてもらう
その結果、以下の通りになりました。
- 最下層の11人は実際は平均9.6問正解にも関わらず14.2問正解だと予測。
- 上位成績者は、またしても過小評価をしていた
なんと最下層は自己採点予測で50%も盛って自己評価していることになります。実力の伴わない自信の恐ろしさたるや…。
study 3:文法問題
このstudy3は二つのフェイズに分かれています。まずはフェイズ1です。
- 大学の生徒84人が対象
- 英語の文法(グラマー)問題で実験
- 「下線部の文法が正しければ〇、間違っていれば正しい答えを解答用紙に書き込みなさい」というやつを20問
- 同じように自己評価をしてもらった
文法には明確なルールがあるので、Study 2同様、有効なジャンルであると言えます。一つ違う点は、このstudy3には二つのフェイズが設けられている点。一つ目のフェイズは今までと同じ流れですが、二つ目のフェイズでは更に違う取り組みをします。まずはフェイズ➀の結果です。
- スコアの低い生徒は自分の点数を過大評価した
- スコアの高い生徒は逆に自己採点を実際より低く見積もった
結果は同じですね。そしてここからフェイズ2に突入です。
- 1回目の自己評価タイムの数週間後
- 成績最上位層19名と最下層だった生徒17名に招集をかけた
- 他の生徒たち5人のテスト用紙を見せて、そのテストを評価してどのくらいできているかを分析してもらった
- その後、再び彼ら自身の自己評価もしてもらった
- 上位層の成績優秀者はより正確に自己評価できるようになった
これは他の生徒たちのテストの出来を確認できたことで、より自分が高得点を取れているんだという確信を持てたからだと考えられています。こうした思い込みを「偽の合意効果」(#2)と呼びます。今回でいうと、成績上位の生徒たちが同じように周りもできてるだろうと思い込んでいたということ。その結果、自分の評価を少し下に見積もったのですね。
study 4:有能は調整力を生みだす
- 140人の大学の生徒が対象
- Study2のような論理的理由付けの問題をまず10問解いてもらう
- 同じように自己評価をする
- その後、ランダムに70人の生徒を選出して、短い論理的思考のトレーニング問題を解いてもらう
- このトレーニングはこの前にやったテストの内容に関するもの
- 最後にまた自己評価をしてもらった。
つまりテストの後で似た問題を解いてもらうことで、自己採点に違いがでるのか?を確かめたのですね。結果は次のようになりました。
- トレーニングを受けた底辺層の生徒たちの自己評価はかなり正確になった
このことから、実際にその分野の知識や基礎を身につけることで自分がどの程度のレベルなのか客観的に見られるようになった、と考えられるわけですね。
何かの分野で有能になるためには?
Study 4でも明らかになっているように、テスト最下層の生徒たちは、その問題を解くテクニックの手掛かりになる練習を少しすることで、大幅に自己評価の正確さを改善できるようになりました。
サッカーを例にすると、サッカーをやったことがない人にはメッシ選手の凄さはあまり分からないでしょう。せいぜい“何となくすごいのはわかる”くらいかと。しかしその後サッカーに興味を持って本格的に練習を始めたとすると、身をもってドリブルの奥深さや狙ったところにボールを蹴る難しさを知ります。そうなって初めて「メッシってすごかったんだな・・」と思えるんですね。
赤羽(Akabane)
参考文献&引用
#1 Justin Kruger,David Dunning,”Unskilled and Unaware of It:How Difficulties in Recognizing One’s Own Incompetence Lead to Inflated Self-Assessments“,Journal of Personality and Social Psychology,Vol.77,No.6,pp1121-1134,1999.
#2 Lee Ross,David Greene, Pamela House “The “False Consensus Effect”: An Egocentric Bias
in Social Perception and Attribution Processes“,Journal of Experimental Social Psychology,Vol.13,No.3,1977.