成功は本当に才能で決まる?マインドセットで叩き返す負け犬のレッテル

誰が決めた?勝ち組/負け犬、成功者/敗北者

人間と優劣とは切っても切り離せない関係にあります。現に「負け犬」「勝ち組」といった言葉が存在するくらいです。ところで、人が優劣を気にして優越感に浸ったり劣等感に苛まれたりすることはいけないことなのでしょうか?

「現代心理学の父」と名高いアルフレッド・アドラー氏は、劣等感という感情について、人間が成長していく上で健全なものとしています。(#1)他の誰かに何かで負けたくないという気持ちは人間のホメオスタシス(恒常性)に反して「変わろう」、「頑張ろう」という気持ちを巻き起こしてくれます。がしかし、一方でこれはダメだという劣等もあります。

  • 劣等コンプレックス(Inferiority Complex)

レベルが格上のライバルAが現れた時、「くそ・・Aがいなければ・・」「Aは才能あるし、ずるいよ」と劣等感に打ちひしがれてしまうこと。

  • 優越コンプレックス(Superiority Complex)

レベルが格上のライバルAが現れた時、「まあ・・Aには敵わんけどBとかCよりは上だし。」と格下だと思う他人を見下して自尊心を保とうとすること。

これら2つに共通しているのは、劣等感をプラスの方向に活かせていない点です。そしてこれらはコインの表裏のようなもの。劣等感と優越感という、一見真逆の感情を抱いているのに、実はどちらも劣等感をスタートとしていることが良くわかるかと思います。では、生まれ持った家柄や才能で限界は決まってしまうのでしょうか?まずは有名な法則を見ていきましょう。

スター選手の陰にも弛まぬ鍛錬 『一万時間の法則』

この法則はフロリダ州立大学のアンダース・エリクソン教授が提唱したものとして有名です。(実際は別人の著書で広まったのですが・・笑)『一万時間の法則』は何かの専門家やプロを志す方であれば耳にしたこともあるのではないでしょうか。簡潔に言うと、ある分野で突出した専門家やアスリートになるためには、一万時間の練習が必要である」という主張です。

しかしこれに関しては、数多くの誤った解釈が広まってしまっています。例えば「練習を1万時間やればだらだらやってても達人になれる!」みたいな極解とか。重要なポイントは、ここで言う練習とはがむしゃらに頑張ることとイコールではないこと。

実際に、著者のアンダース・エリクソン教授とカーネギーメロン大学のビル・チェース心理学教授が同大学の生徒スティーブと二人三脚で行った研究(#2)の結果がそれを示唆しています。内容をザックリまとめますと、

スティーブくんが一秒に一回ずつ読み上げられる数字の羅列を記憶していく。
教授が読み上げた数字を続けて復唱するというセッションを重ねた。
はじめは9ケタくらいが限界だったものの、11ケタ→20ケタと記録を伸ばした。
計200回以上のセッションを終えた頃には、82ケタまで覚えられるようになった。
これは当時記憶術のプロですら到達したことのない領域だった様子。

ちなみに彼自身は特に優れた記憶力を持っていたわけではなかったみたい。大学入試テスト(SAT)の成績も並みで、入学後の成績も平均よりやや上くらいの心理学専攻の学生だとのこと。

ではどのようにして、スティーブくんはこの突出した短期記憶術を習得したのでしょう?それは“目的のある練習を積んだ”からだそうです。

この実験自体に明確な目標はありませんでしたが短期的なものならありました。それは、「前回のセッションより多くの数字を覚えること」です。

現にスティーブくんは徐々に覚えるケタを増やしていきましたね。そしてこの「目標のある練習」と密接に絡み合う4つの要素があります。

ポイント
  1. はっきりと定義された具体的目標
  2. 集中して行うこと
  3. フィードバック
  4. コンフォートゾーンから飛び出すこと

そしてここで注意すべきは、壁にぶつかった時にどうすればいいのかです。著書内では、

「もっと頑張る」ことではなく、「別の方法を試すこと」だ(#4)

と書かれています。スティーブくんも途中で壁にぶち当たりましたが、その都度、より効率的な記憶法を試行錯誤しながら追求していったのですね。

エリクソン教授は、ここでの練習を「限界的練習(deliberate practice)」という風に定義しています。そして、この限界的練習というものには普遍性があって、どの分野でも応用できるとのこと。

ただし、正しい練習法を知るにはコーチが必要になる場合もあるでしょうし、その練習に没頭できる環境作りも大切になってくるでしょう。そしてこの練習におよそ一万時間もの時間を費やす必要があるということになるのですが、一つ注意がありまして、“一万時間”という数字はただの基準に過ぎないのです。

というのも、この一万時間という数字はエリクソン教授の研究結果を引用してマルコム・グラッドウェル氏が出版した著書(『天才!成功する人々の法則』)によって広まったものだったんですね。エリクソン教授は著書の中で、グラッドウェル氏が主観的解釈をしてこの数字になったんだという趣旨のことを説明しています。

実際に先のスティーブくんのように、一回一時間ほどのセッションを200回以上こなし、たった200時間程訓練を積んでその道の専門家レベルになったケースがあります。ここはジャンルや個人によってケースバイケースだというのが大前提ですね。

「やればできる!」の研究

マインドセット キャロル・S・デュエク教授 著

スタンフォード大学名教授が教える!成功する『マインドセット』とは?

※2018/12/02 内容が冗長すぎたため(笑)、最新の記事にまとめ直しました。上記をご覧いただければ幸いです。ザっと見ていただいてから続きに進むとわかりやすいかと思います。

身近なしなやかマインドセットの例

HIPHOPアーティストの裂固(れっこ)さんを取り上げました。この方、岐阜県出身のなんと若干20歳(2017年11月時点)の若手ラッパー。最近ではテレビ朝日「フリースタイルダンジョン」の二代目モンスターとしても大活躍の彼ですが、その生きざまをTVで取り上げられていました。

動画のインタビュー内容から彼のしなやかマインドセットをひしひしと感じます。例えばこの一節。

でも別に悲観的になったらダサいなって思うんですね
どうやって逆転しようかな

家庭は決して裕福とは言えず、中卒で家計を支えるためにバイトを続けながら自分の夢も追いかけてきた彼。動画の中でも紹介されていた「LOSER(負け犬)」という自身の曲や、周りとの違いについて話していたことから、少なからず劣等感を感じながら生きてきた人であるのかなと邪推します。

もちろん「境遇が悪かったんだ、仕方ない」と諦めて文字通り「LOSER」となって生きていくこともできましたが、彼は境遇も変えて自分の夢も掴みに行くという選択をしました。前者は硬直マインドセット、後者はしなやかマインドセットの考え方ですね。

貧しい村の育ちから億万長者となったアメリカンドリームの象徴である鉄鋼王アンドリュー・カーネギーも言います。

「自分が一番恐れるのは、わたしよりも貧乏でつらい境遇にあった人たちだ。」(#9)

これは貧乏という逆境を糧にハングリー精神を育み、絶え間ない努力で成功を手繰り寄せたカーネギーだからこそ強く実感していることなのでしょう。

ここまでの内容を踏まえると、自ずと結論にたどり着くと思います。バスケの王様、マイケル・ジョーダン選手ですらその陰に人一倍の努力がありました。メジャーリーガーのイチロー選手の輝かしい安打記録の数々も、緻密で粘り強い練習に裏打ちされたものです。

しなやかに生きるか、カチコチで生きるか

結論になりますが、結局、硬直マインドセットとしなやかマインドセット、どちらを選ぶも人それぞれということ。より心地よいと思う方を選び取ればいいかと。ただ、アメリカの政治、社会学者のベンジャミン・バーバー氏は次のように言います。

「私は人間を弱者と強者、成功者と失敗者とには分けない。……学ぶ人と学ばない人とに分ける」(#12)

参考文献・出典

#2,3,4 アンダース・エリクソン、ロバート・プール著 土方奈美訳『PEAK 超一流になるのは才能か努力か?』文藝春秋、2016。

#6,7,8,10,11,12 キャロル・S・デュエク著 今西康子訳『MINDSET マインドセット「やればできる!」の研究 The New Psychology of Success』草思社、2016。

#1 アルフレッド・アドラー先生の優越・劣等コンプレックスについては
Henry T. Stein”Alfred Adler Institute of Northwestern Washington”,2011.

#5 キャロル・S・デュエク教授のTEDのスピーチ
「The Power of Believing that You Can Improve」(2017年11月26日アクセス)